2010年8月8日日曜日

いわゆる「だだ漏れ」について

自分がインターネットを初めて使ったのはたしか97年
so-netとU.S. Roboticsの28.8kモデム+Windows95で接続していた。
その時はとったプロバイダのメールアドレスで割と掲示板みたいなものに
書き込んだりしてたわけだけど、しばらくたつと「インターネット、危険」みたいな
ネガティブキャンペーン(かどうかは議論の余地ありと思う)のため個人情報をインターネット
上の載せるなどあり得ないといった常識が席巻。しかし、今日に至っては
いつしか個人属性をネット上で公開すると
いったようなことに対する抵抗感はなくなり、寧ろ発信しなくては!という
意識が当たり前になったわけで、このあたり社会はあまり変わっていないのに
ネットに接続させられている(あえて使役)人々の思想だけが変わってきたところに
すごく興味があって。

そういう意識を切り開いたのはおそらくMixiだと思ってるんだけどあれは
クローズドコミュニティで、そうあるべきだという意識が参加者の中で共有
されていたんだけど、これで教育されたユーザーがそうなったのか?
いやーそうじゃないような機がする。

自分の場合、Google Buzzに登録したらmacに登録していたログインの写真が
公開、そしてbuzz開始当時問題になってたメールアドレスや名前が全部公開された
問題にひっかかり、色々めんどくさくなったんでbuzzもtwitterも実名、写真公開
状態になっているわけだけど、こういうのはレアケースかもなあ。

昔読んだインターネットの心理学には、MUD(Multi User Dungeon)内に登録する
ユーザに、実名公開はしないけれどもそのIDなどに本人が本人である何らかの痕跡
(これは他人がわからないレベルも含めて)を残る傾向があるという言及があったけど
それがFacebookも含めて全て公開されるような時代になった今、どのような
人の意識の変遷があったのか、これは社会学に調べてもらいたいトピックのひとつです。

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